米朝会談決裂に韓国大揺れ

米朝首脳会談後の混乱が収まらぬ中、韓国のある保守的日刊紙が一大スクープと思われる記事を掲載した。アメリカ側が「寧辺(ヨンビョン)核施設」から数キロ離れたところにある、地下に建設された巨大ウラン濃縮施設の閉鎖も求めたため、交渉が決裂した、と中央日報紙がと報じたのである。
 身元が明らかにされていない諜報機関職員によると、この秘密施設は当時知られていた寧辺の濃縮施設よりも古いうえ、5倍も大きいという。同記事によると、首脳会談にかかわった北朝鮮人側はその場で一様に驚き、その結果、アメリカとの交渉が決裂したというのである。
■国家情報院から情報がリークされた可能性も
 この報道が正しいかどうかは現時点ではわからない。だが、ここに書かれている情報の1つは確実であるようだ。それは、この情報の出どころは、こうした情報にアクセスできる唯一の機関、大韓民国国家情報院(NIS)だということである。
 NISの徐薫院長は、韓国国会議員との非公開会議でこの報告を直ちに否定した。 しかし、韓国の官庁(特にNIS、外務省、防衛省)や軍部に、現政権による北朝鮮政策に反対する人々がいることはいまや韓国の公然の秘密である。
 「徐薫院長は間違いなく政権側についている」と、韓国との親密な関係を持つアメリカ政府の元高官は話す。「しかし、現在の政策に反対する人は、NIS内にもいる」。
 韓国の文在寅大統領は、米朝首脳会談の結果に対して可能な限り落ち着いた対応を示し、北朝鮮とアメリカが交渉を再開するように調停努力を強化すると約束した。文大統領は韓国の対北朝鮮核交渉担当者を首都・ワシントンに派遣し、6日にアメリカの北朝鮮問題特別代表であるスティーブ・ビーガン氏や日本の外務省の金杉憲治アジア大洋州局長と会談した。文政権は交渉の勢いを取り戻す、と息巻いている。
 文政権派の中には、米朝首脳会談でアメリカ側が強硬姿勢を崩さなかったことが、合意の妨げになったと批判する人たちもいる。たとえば、丁世鉉元統一部長官は、与党が主催した懇談会の席でジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、ほかの核施設の存在を持ち出して「意図的に」協議決裂の引き金をひいた、と語った。中には、アメリカと北朝鮮による合意が成立しないように、日本がトランプ大統領に働きかけた、と主張する人さえいる。
 もっとも、革新派内では、北朝鮮は本心から非核化を望んでいるものの、北朝鮮側の瀬戸際交渉戦術が今回の失敗の一因になったという認識が一般的だ。「(交渉)プロセスを円滑に進めるために、金正恩は国際社会に北朝鮮非核化のためのロードマップを提示すべきだ」と、文大統領に近い革新派日刊紙ハンギョレは3月6日に報じた。「金正恩がそれ(ロードマップ提示)をやるのか死ぬのかを決める時が来たのである」。
 文大統領と彼の最も忠実な支持者たちが、今回の会談に非常に大きな期待を寄せていたことは明らかだ。実際、文政権はこの会談後の3月1日には、「南北経済協力プロジェクトの新たな波」という提案をする予定だった。「文大統領はアメリカの交渉計画をまったく理解しておらず、ただその結果に驚いていた」と、元NIS副院長で北朝鮮との会談を率いてきた金塾氏は語る。
■保守派たちは交渉決裂にほっとしている
 「文政権は、(ドナルド)トランプ大統領と、彼のチームに対する憤りを隠せずにいる」。李明博元大統領の元国家安全保障顧問であり、6者間協議で韓国交渉チームを率いた千英宇氏も話す。「ただし、アメリカを公然と非難することには慎重になるだろう。文大統領は現段階で面と向かってトランプを非難することには消極的だ。まだアメリカと北朝鮮による合意の希望を捨てたくないのだ」。
 米朝首脳会談の失敗は、北朝鮮との交渉努力が韓国内で勢いを失いつつある文大統領にとって、非常に恥ずかしいことであった。「一般の韓国人は困惑し、意見は分かれている」と千氏は言う。ただし「ほとんどの保守的かつ、現実主義的なオピニオンリーダーは(交渉が決裂して)ほっとしている」。
 今回の失敗自体が、文政権の政策に深刻な変化をもたらす可能性は低い。文政権、そして彼の北朝鮮政策のコアな支持者は、今回の失敗が致命的な問題をもたらすわけではないと考えているし、保守系最大野党、自由韓国党は依然、分断状態にあり、文政権の「失敗」に付けこんでいる余裕はない。
 文政権にとって目下、それより深刻な問題になりかねないのは、韓国経済を好転させることができないことだろう。「文政権は何があっても今の政策を追求するつもりだろうが、彼の社会主義的な経済政策の失敗により、支持基盤は緩んでいる」と、韓国の元高官は話す。
 文政権は今後も、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との関わりを深めたいと考えているようだが、アメリカの承認なしには進めたくはないようだ。「文大統領が一方的に経済協力に向かうとは考えられない」と、前述の金氏は言う。目下の目標は、ハノイで議論された部分合意の修正に向けての交渉を再開することである。トランプ大統領との直接の衝突は、今のところ、あまりにもリスクがある。
 韓国の保守派は、文政権になって親北朝鮮的な政策に転換して以降、米韓同盟の基盤が弱体化していることに批判の矛先を向けている。問題なのは、韓国世論も文政権を支持しかねないことだ。つまり、韓国人の多くが北朝鮮とよりよい関係を築きたいと考え、南北統一への感情的アピールに心を動かされるかもしれないということを保守派は危惧している。
 しかし、北朝鮮との関係改善はアメリカとの同盟関係を犠牲にしてまで、追求するものではないだろう。アメリカとの同盟は安全を保障するだけでなく、アメリカおよび世界市場へのアクセスを維持できるという点で韓国経済の安定につながっている。
■北朝鮮ではなく、韓国が変わり始めている? 
 こうした中、アメリカとの合同軍事演習中止の発表は、韓国内で批判の対象になりつつある。「中止されているアメリカとの合同軍事演習は再開すべきだった」と韓国の日刊紙、朝鮮日報は報じた。「核武装した北朝鮮の真の脅威に直面しながら、米韓同盟は抜け殻状態にある」。
 「(革新派は今後も)米韓同盟についてはリップサービスを続けるだろう」と前述の千氏は話す。「だが、心の底ではアメリカ軍との同盟は、不可欠ではないと信じているようだ。そもそも、彼らはアメリカ軍の撤退という究極の目標を掲げ、反アメリカの活動家としての政治家のキャリアを積み上げてきている。同盟関係はあるが、中身はないようなものだ」。
 保守派の中には、同盟関係の今後についてさらに暗いビジョンを抱いている人もいるが、おおかた公にはしていない。文大統領を支持するメディアに「復古的」というレッテルを貼られるどころか、「親日派の子孫」などと批判されるのを避けるためである。
 保守派が懸念しているのは、北の独裁政権が変わるのではなく、逆に母国が変わり始めていることだ。「朝鮮戦争の記憶を持つ世代が消滅しつつある中、韓国社会の共産主義に対する無知はひどいもので、『赤』という用語がどこから来たのかを知る政治家やメディア関係者はほとんどいない」と、ある著名な保守的知識人は匿名を条件に話す。
 これまでこうした見解は、保守的な政治家や彼らを支持する限られたメディアのみが示してきたが、ここへきて政治的イデオロギー戦争がより広範に行われる兆候が出てきている。冒頭の中央日報によるスクープ記事もその1つと言えるだろう。米朝首脳会談決裂によってにわかに緊張感が高まっている今、文政権は韓国内からの「攻撃」に備えたほうがいいかもしれない。

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